IT企業が積極的に取り組みたい「メンタルヘルス対策」とは

細かい作業を長時間続ける仕事環境になりやすいIT企業では、社員が身体的な疲れだけでなく精神的なダメージを蓄積しやすいと言われています。特に精神的なダメージは複数の原因が複雑に絡み合っていることも多く、一律的な対応では解決されない場合が少なくありません。

この記事では、IT企業の社員がメンタルを病みやすい原因と、メンタルの不調を解決するためのメンタルヘルス対策について紹介します。

IT業界のメンタルヘルス不調の実態

IT業界のメンタルヘルス不調の実態

厚生労働省が発表している「令和3年度労働安全衛生調査(実態調査)」の事業所調査によると、過去1年間にメンタルヘルス不調が原因で連続1ヶ月以上休業した労働者がいた事業所の割合は8.8%、退職した労働者がいた事業所の割合は4.1%という結果でした。IT業界が含まれる情報通信業の場合、それぞれ26.7%と11.7%となっており、全体の平均と比較すると3倍近い割合になっています。

また、情報通信業に絞り込んで、過去1年間にメンタルヘルス不調が原因で連続1ヶ月以上休業した労働者がいた事業所の割合における近年の推移を見ると、平成29年の調査で1.2%、令和2年の調査で24.5%、令和3年の調査で26.7%でした。

同じく退職した労働者がいた事業所の割合における近年の推移は、平成29年の調査で0.3%、令和2年の調査で12.1%、令和3年の調査で11.7%となっており、いずれもこの数年で大きく増加していることが分かります。

参考 
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/h29-46-50_kekka-gaiyo01.pdf
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r02-46-50_kekka-gaiyo01.pdf
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r03-46-50_kekka-gaiyo01.pdf

IT業界でメンタルを病みやすい原因とは

IT業界でメンタルを病みやすい原因とは

なぜIT企業では社員がメンタルヘルス不調になりやすいのでしょうか。考えられる原因をまとめてみました。

解消されにくい長時間労働

厚生労働省労働基準局による統計資料「IT業界の長時間労働対策について」 によると、IT業界が含まれる情報通信業の年間総実労働時間は1,933時間で、全産業の平均である1,724時間を大きく上回っています。

所定外労働時間についても、情報通信業は198時間となっており、全産業の平均129時間より約70時間も多いことが分かります。

ITエンジニアは、何日も会社に泊まりこんで作業を続けたり、帰宅後も仕事を続けたりする状況が常態化している場合が少なくありません。膨大な仕事量をこなすために長時間の労働や休日出勤を続けることで、十分な睡眠時間が確保しにくい日が増えると、睡眠不足が慢性化しやすくなります。 休日が取れても積み重なった疲労を解消しきれないまま出勤というサイクルを続けざるを得ない状況で、「寝たくても眠れない」という睡眠障害に陥る可能性が高くなり、やがてメンタルの不調へとつながっていくのです。

慢性的な人材不足

IT市場が急成長して需要が年々高まっている影響を受けて、IT業界では慢性的な人材不足が問題になっています。クラウドなどの新しいサービスを導入する企業が増える一方で、既存のシステムを継続利用している企業も多く、システムの保守・運用業務に労力と時間を取られているのが現状です。

さらに、深刻化している少子高齢化による人口の減少で、ベテランエンジニアが退職していく中新しい人材の育成が追いついていない点も大きく影響していると言えるでしょう。

多重下請け構造によるストレス

情報システムの設計やプログラム作成、テストなど、開発のプロセスには多くの人員が関わります。各作業の工程や品質の管理は細心の注意を必要とし、一つの工程が遅れると他の工程にも影響が出やすいため、気が抜けない時間が非常に長いのが特徴です。

受託開発の案件では、依頼主から開発プロセスの一部もしくはすべてを他の企業に委託することは珍しくありませんが、元請けからさらに一次請け、二次請けと重層的に作業が発注されていきます。システム設計や見積といった上流工程は元請けが行う一方で、プログラム作成などの下流工程は一次請け以降の企業が担当します。高い精度と厳しい納期に応えなければいけないので、極度のストレスに長期間さらされることになり、メンタルのバランスを崩しやすくなるのです。

周囲とのコミュニケーション不足

IT業界の仕事は、プロジェクトや開発の各フェーズによってチームメンバーが都度入れ替わることがよくあります。複数の企業のメンバーが集まる中で、自社のメンバーは自分だけというケースも少なくありません。

また、プロジェクトの進行中は自社ではなく客先の企業に通って作業する客先常駐という形で働くパターンが多いです。下請けとしてあまり丁寧でない扱いを受けても相談できる相手がおらず、一人で抱え込んで黙々と作業を続けるしかない状況が続くと、メンタルに不調が起きやすくなります。

急速な技術革新への対応

急成長を続けるIT市場では、技術革新が非常に早いスピードで進んでいきます。新しい技術を覚えて活用できるようになっても、数年で次の新しい技術が開発されるという繰り返しで、積み重ねてきたスキルが使えない場面が増えることに戸惑うエンジニアは多いです。

依頼主からは常に最新の技術を使った開発プログラムを求められるため、常にプレッシャーを感じながらも作業は進めなければいけません。「このままでは将来やっていけなくなるのではないか」という不安が大きくなり、ストレスからメンタルを崩しやすくなります。

IT企業におけるメンタルヘルス対策

IT企業におけるメンタルヘルス対策

企業にとって、社員は大切な人材です。社員が心身ともに健康な状態で働けるよう、メンタルヘルスに有効な対策を積極的に取ることが重要です。

IT企業ならではの働き方やキャリア形成における問題点を解決しながら、社員が前向きな気持ちをもって働きやすいと感じる職場をつくるためのメンタルヘルス対策の方法を4つ紹介します。

メンタルのセルフケア推進

仕事をしていると、多かれ少なかれ人はストレスを受けます。ストレスは悪いものと捉えられがちですが、気力を高めて挑戦したいという意欲を促す効果があり、精神的な成長には欠かせません。ただし、受けるストレスが過度になると、さまざまな不調を自覚するようになります。

ストレスによる精神的なダメージを少しでも抑えるには、日常的に簡単なメンタルケアを行えるような知識を習得するのが有効です。ストレスやメンタルヘルスに関する基礎知識と、自分でできる簡単なメンタルケアの方法について専門家による研修を開催し、社員に受講を促すといいでしょう。

メンタルヘルスの不調を感じた初期段階でセルフケアを行うことができれば、社員はストレスを受けても自発的に解消できて、心身の不調が起きにくくなります。

ストレスチェックの実施

ストレスチェックとは、ストレスに関する質問に対して社員に回答してもらい、その結果を集計し分析することでストレスの状態を確認できる検査です。2015年に、社員50人以上の企業はストレスチェックが義務づけられています。

ストレスチェックを行うことで、勤務時間や勤務シフトなど労働環境の改善や、上司と部下をはじめ社内の円滑なコミュニケーション促進など、メンタルヘルス対策としてどんな取り組みが必要なのかを把握できます。チーム内で調整できる仕事を割り振る、深夜の労働時間を短縮させるなど、ストレスチェックの結果を踏まえて具体的な取り組みを検討し、実行に移していくことが重要です。

評価指標の見直し

頑張った結果目標をクリアし、キャリアアップしていける環境は、社員にとって働くための大きなモチベーションになります。しかし、毎日遅くまで働くのが当然という雰囲気だったり、プロジェクトで成果を上げても待遇に変化がなかったりすると、正しく評価されていないと感じてネガティブな感情が強くなり、メンタルヘルス不調の遠因になる可能性があります。

コロナ禍の影響でテレワーク制度の導入が加速する中、「やった仕事をきちんと見てもらっていないのではないか」「正当に評価されていないのではないか」と不安を感じる機会が増えていることも、メンタルヘルス不調を起こしやすい理由になっている可能性はゼロではありません。上司が部下の仕事プロセスを見守る体制作りや、客観的に判断できる評価指標を定めることで、社員が意欲的に働ける環境を整えるのもメンタルヘルス対策として有効と言えます。

外部支援サービスの活用

メンタルヘルス対策が必要と分かっていても、対策を実行する上司本人が多忙で部下のメンタルケアまで手が回らないケースは少なくありません。社内だけではメンタルヘルス対策の担当人員やノウハウが足りない場合は、外部支援サービスを利用するのもひとつの方法です。

たとえば、東京産業保健総合支援センターでは、メンタルヘルスに関する豊富な知識を持つ対策促進員が企業を訪問し、メンタルヘルス対策の実態や職場環境の把握と改善、休業中の社員に対する職場復帰支援プログラム策定など、メンタルヘルス対策全般のアドバイスを行っています。愛知県では、社員が300人以下の県内所在企業を対象に、県が委嘱した産業医や社会保険労務士などを無料で派遣してメンタルヘルス対策全般のアドバイスを行う事業を実施中です。

自社でメンタルヘルス対策を進めていく場合は、対策管理者がメンタルヘルスマネジメントに関する正しい知識を身につけることが最優先課題です。弊社では、ヒューマン・リソース・マネジメント研修プログラムのひとつとして、心理学を基礎としたメンタルヘルス・マネジメントの手法を学べる研修コースを提供しています。

心理学の基礎とメンタルヘルス・マネジメント、職場で生かせる具体的なコミュニケーション手法などについて、講義形式と演習形式の両方を通して学んでいただけます。職場環境の改善とメンタルヘルス対策を効果的に進めていただくために、ぜひご活用ください。

社員の心身の健康を守るためにメンタルヘルス対策は不可欠

体力気力を酷使する仕事が多いIT企業において、社員のメンタルヘルス対策は必須です。とはいえ、メンタルヘルス不調は原因や症状が人によって異なり、センシティブな問題でもあるため、メンタルヘルスに関する知識がないまま対応すると状況が悪化する可能性があります。

「メンタルヘルス不調を未然に防ぎたい」「メンタルヘルス不調になっている社員に対して適したケアを実施したい」「職場環境の改善もあわせて進めたい」など、企業によって必要なメンタルヘルス対策は異なります。社員の心身の健康を守ることは、プロジェクトの成功にとって不可欠であり、企業全体の成長にも影響するので、適切なメンタルヘルス対策を計画し実行していくことをおすすめします。