ベルの不等式とは?新人エンジニア向けに量子もつれ・局所実在論・CHSH不等式をやさしく解説

こんにちは。ゆうせいです。

今回は、「ベルの不等式」を新人エンジニア向けに解説します。

ベルの不等式は、量子コンピュータ、量子暗号、量子もつれを学ぶときに必ず出てくる重要な考え方です。

ただ、名前だけを見るとかなり難しそうですよね。

「不等式」と聞くと数学っぽい。

「量子もつれ」と聞くと物理っぽい。

「局所実在論」と聞くと哲学っぽい。

でも、安心してください。

ベルの不等式を一言でいうと、「この世界の量子現象は、あらかじめ決まった値を持つ普通の隠れた仕組みだけで説明できるのか?」を実験で調べるための境界線です。

ベルは、局所実在論と呼ばれる考え方が正しいなら必ず満たすべき不等式を導きました。一方、量子力学は特定の条件でその不等式を破る予測をします。ノーベル財団の解説でも、ベルの不等式は局所実在論が満たすべき相関の条件であり、量子力学の予測は一部の実験条件でその条件を破ると説明されています。

まず「不等式」とは何か

不等式とは、2つの値の大小関係を表す式です。

たとえば、次のような式です。

x <= 10

xは10以下であるという意味です。

もう少し身近なたとえで考えましょう。

ある遊園地で、身長120cm以上ならジェットコースターに乗れるとします。

height >= 120

身長heightが120以上なら条件を満たすという意味です。

ベルの不等式も、ある意味では「量子の世界で観測される相関は、この範囲内に収まるはずだ」というルールです。

ただし、そのルールは「古典的な常識が正しいなら」という条件付きです。

ベルの不等式が問うていること

ベルの不等式が問うているのは、次のような疑問です。

Can quantum results be explained by local hidden variables?

量子の観測結果は、局所的な隠れ変数だけで説明できるのか、という意味です。

ここで重要な専門用語が2つあります。

用語意味初心者向けのたとえ
実在性測る前から性質が決まっているという考え方箱を開ける前から中身が赤い靴下だと決まっている
局所性遠く離れた場所へ瞬時に影響が伝わらないという考え方ネットワーク越しでも、光より速い通信はできない

実在性とは、「観測する前から値は決まっているはずだ」という考え方です。

局所性とは、「遠く離れたもの同士が、光より速く直接影響し合うことはないはずだ」という考え方です。

この2つを合わせた考え方を、局所実在論と呼びます。

新人エンジニア向けにたとえるなら、局所実在論は「各オブジェクトは自分のプロパティを最初から持っていて、遠くのオブジェクトへ謎の即時通信をしない」という考え方です。

古典的な相関は「手袋のたとえ」で理解できる

まず、量子ではない普通の世界の相関を考えましょう。

左右一組の手袋があります。

片方を東京の箱に入れ、もう片方を大阪の箱に入れます。

東京の箱を開けて右手用の手袋が出たら、大阪の箱には左手用の手袋が入っていると分かります。

このとき、東京で箱を開けた瞬間に大阪の手袋が変化したわけではありません。

最初から、東京には右手用、大阪には左手用が入っていただけです。

状況説明
東京で右手用が出る大阪には左手用があると分かる
大阪の手袋が瞬時に変わったわけではない最初から左右が決まっていただけ
情報が光より速く伝わったわけではない開けた人の知識が更新されただけ

この手袋の例は、局所実在論で説明できます。

箱を開ける前から中身は決まっていました。

遠く離れた箱に、瞬時に物理的な影響を送ったわけでもありません。

ここまでは、私たちの普通の感覚に合いますよね。

量子もつれは普通の手袋と何が違うのか

量子もつれとは、2つ以上の量子が、離れていても強い相関を示す状態です。

相関とは、片方の結果ともう片方の結果に関係があることです。

普通の手袋なら、「最初から右と左が決まっていた」と考えれば説明できます。

でも、量子もつれでは、測定の向きをいろいろ変えたときの結果の相関が、普通の隠れた決定表では説明できないほど強くなります。

ここがベルの不等式の核心です。

classical_correlation <= Bell_limit

古典的な局所実在論で説明できる相関には、ベルの不等式で決まる上限があるという意味です。

quantum_correlation > Bell_limit

量子もつれでは、その古典的な上限を超える相関が現れる場合があるという意味です。

これは、単に「遠くの2つが同じ結果になる」という話ではありません。

測定設定を複数用意し、結果の統計的な相関を比べると、古典的な説明の限界を超えるという話です。

ベルの不等式を理解するための実験イメージ

ここでは、アリスとボブという2人の観測者を使って説明します。

量子情報の説明では、よくアリスとボブという名前が使われます。

アリスとボブは遠く離れた場所にいます。

中央の装置から、もつれた粒子のペアが送られます。

登場人物・装置役割
中央の装置もつれた粒子ペアを作る
アリス片方の粒子を測定する
ボブもう片方の粒子を測定する
測定設定どの向きで測るかを選ぶ
測定結果+1または-1として記録する

アリスは、測定設定aまたはa'を選びます。

ボブは、測定設定bまたはb'を選びます。

それぞれの測定結果は、+1または-1とします。

A(a) = +1 or -1

アリスが設定aで測った結果は+1または-1です。

B(b) = +1 or -1

ボブが設定bで測った結果は+1または-1です。

ここで、何度も実験を繰り返し、アリスとボブの結果がどれくらい似ているかを調べます。

相関Eとは何か

ベルの不等式では、相関Eという値を使います。

アリスの結果とボブの結果を掛け算します。

A * B

アリスの測定結果Aとボブの測定結果Bを掛けます。

結果の組み合わせは、次のようになります。

ABA * B意味
+1+1+1同じ向きの結果
+1-1-1違う向きの結果
-1+1-1違う向きの結果
-1-1+1同じ向きの結果

この掛け算の平均値が相関Eです。

E(a, b) = average(A(a) * B(b))

E(a, b)は、アリスが設定a、ボブが設定bで測ったときの結果の積を平均した値です。

Eが+1に近いほど、2人の結果は同じになりやすいです。

Eが-1に近いほど、2人の結果は逆になりやすいです。

Eが0に近いほど、関係が弱いと考えられます。

CHSH不等式とは何か

ベルの不等式にはいくつか形があります。

新人エンジニアが最初に押さえるなら、CHSH不等式が分かりやすいです。

CHSHは、Clauser、Horne、Shimony、Holtという4人の名前から来ています。

CHSH不等式では、次の値Sを考えます。

S = E(a, b) + E(a, b') + E(a', b) - E(a', b')

Sは4種類の測定設定の組み合わせから得られる相関を足し引きした値です。

局所実在論が正しいなら、Sの絶対値は2以下になります。

|S| <= 2

局所実在論が正しいなら、Sの大きさは2を超えないという意味です。

この式が、代表的なベルの不等式です。

とても短い式ですが、意味は深いです。

「測る前から値が決まっていて、遠くへ瞬時に影響しない」という世界観なら、どれだけ工夫してもSは2を超えられない、という主張だからです。

量子力学ではどうなるのか

量子力学では、特定のもつれ状態と測定設定を選ぶと、Sが2を超えると予測します。

理想的な条件では、次の値まで到達できます。

|S| <= 2 * sqrt(2)

量子力学では、Sの大きさが最大で2かけるルート2まで大きくなる可能性があります。

数値にすると、次のようになります。

2 * sqrt(2) ≈ 2.828

2かけるルート2は約2.828です。

古典的な局所実在論の上限は2です。

量子力学の上限は約2.828です。

考え方Sの上限意味
局所実在論2測定前から値が決まっていて、遠くへ瞬時に影響しない世界
量子力学2.828程度量子もつれによって古典的上限を超える相関が出る世界

この差が、ものすごく重要です。

もし実験でSが2を超えたら、局所実在論だけでは説明できない相関が観測されたことになります。

ノーベル物理学賞2022年は、量子もつれ光子を用いた実験、ベルの不等式の破れの確立、量子情報科学の開拓に対して、アラン・アスペ、ジョン・クラウザー、アントン・ツァイリンガーの3氏に授与されました。

なぜ2を超えてはいけないのか

ここで、直感的な説明をしましょう。

局所実在論では、測定前から答え表が決まっていると考えます。

アリスがaで測ったら+1、a'で測ったら-1。

ボブがbで測ったら+1、b'で測ったら+1。

このように、実際には1回の実験で選ばれなかった設定についても、裏側に答えが用意されていると考えます。

まるで、テストを受ける前に、すべての問題に対する答えが答案用紙に書かれているようなものです。

局所実在論では、遠くの測定設定によって、自分の答え表が瞬時に変わることはありません。

そのような答え表をどれだけ用意しても、CHSHのSは2を超えられません。

ここが数学的な制約です。

量子実験で2を超えるなら、「測定前からすべての結果が普通の答え表として決まっていた」とは考えにくくなります。

エンジニア向けにAPIでたとえる

新人エンジニア向けに、少しITっぽくたとえてみます。

アリス側のサービスとボブ側のサービスがあるとします。

それぞれのサービスは、リクエスト設定に応じて+1か-1を返します。

A(a) -> +1 or -1

アリス側サービスは設定aを受け取り、+1または-1を返します。

B(b) -> +1 or -1

ボブ側サービスは設定bを受け取り、+1または-1を返します。

局所実在論では、各サービスの返答は、あらかじめ内部設定ファイルに書かれているようなものです。

しかも、アリス側のリクエスト設定が、ボブ側サービスの返答を瞬時に変更することはありません。

この条件のもとでは、返答ログをどれだけ集計しても、CHSHのSは2以下になります。

しかし、量子もつれでは、集計結果が2を超えることがあります。

まるで、通信していないはずの2つのサービスが、普通の設定ファイル方式では説明できない相関を出しているように見えるのです。

もちろん、本当にAPIが光より速く通信しているわけではありません。

あくまで直感をつかむためのたとえです。

ベルの不等式の破れは「超光速通信」ではない

ここは誤解しやすいので、はっきり押さえましょう。

ベルの不等式が破れたからといって、光より速くメッセージを送れるわけではありません。

量子もつれでは、遠く離れた測定結果に強い相関が現れます。

しかし、アリスが自分の測定結果を自由に+1や-1へ操作して、ボブへ意味のあるメッセージを送ることはできません。

この考え方を、ノーシグナリングと呼びます。

ノーシグナリングとは、量子もつれの相関を使っても、光より速い情報伝達はできないという性質です。

誤解正しい理解
量子もつれで超光速通信できる相関は出るが、任意の情報を送れるわけではない
片方を測ると、もう片方へ信号が飛ぶ通常の意味での通信として使える信号ではない
ベルの不等式の破れで相対性理論が壊れる超光速通信ができるという意味ではない

ここを間違えると、SFっぽい話に寄りすぎてしまいます。

量子もつれは不思議です。

でも、何でもできる魔法ではありません。

隠れ変数とは何か

ベルの不等式を理解するには、隠れ変数という言葉も重要です。

隠れ変数とは、観測結果を決めているかもしれない、まだ見えていない内部情報のことです。

たとえば、サイコロを振った結果はランダムに見えます。

でも、投げる角度、手の力、空気抵抗、机との衝突などを完全に知れば、結果を予測できるかもしれません。

このように、「本当は裏で値を決めている何かがあるのでは?」と考えるのが隠れ変数の発想です。

量子力学の確率的な結果に対しても、昔から「本当はまだ知らない変数があるだけではないか」という考えがありました。

ベルの不等式のすごいところは、この議論を哲学だけで終わらせず、実験で検証できる形にしたことです。

hidden_variables + locality -> |S| <= 2

局所的な隠れ変数で量子結果を説明できるなら、Sの大きさは2以下になるという意味です。

experiment -> |S| > 2

実験でSが2を超えるなら、局所的な隠れ変数だけでは説明できないという意味です。

ベルの不等式がすごい理由

ベルの不等式のすごさは、量子力学の解釈問題を、実験可能な問題に変えたことです。

それ以前は、「量子の測定結果は本当に確率的なのか」「測る前から値は決まっているのか」といった議論は、哲学に近い問題だと思われがちでした。

ベルの不等式は、その議論に数式の境界線を与えました。

ベル以前の問いベル以後の問い
量子は本当に不思議なのか?測定相関Sは2を超えるのか?
隠れた仕組みがあるのでは?局所隠れ変数なら不等式を満たすはずでは?
哲学的な議論に見える実験で検証できる

エンジニア的に言えば、ベルの不等式は「仕様の曖昧な議論」を「テスト可能な条件」に変えたようなものです。

これは非常に大きな発想の転換です。

ベルの不等式と量子コンピュータの関係

ベルの不等式そのものは、量子コンピュータを動かすアルゴリズムではありません。

ショアのアルゴリズムのように、素因数分解を高速化する手順ではありません。

しかし、ベルの不等式は、量子情報技術の土台を理解するうえで重要です。

なぜなら、量子コンピュータや量子暗号で重要な「量子もつれ」が、古典的な相関とは本質的に違うことを示すからです。

分野ベルの不等式との関係
量子コンピュータ量子もつれや非古典的相関の理解につながる
量子暗号安全性の考え方や装置非依存型暗号に関係する
量子通信もつれた粒子の相関を利用する技術の基礎になる
量子情報科学古典情報とは違う量子情報の特徴を理解する入口になる

ベルの不等式は、「量子は古典とは違う」ということを、かなり鋭く示す道具です。

量子技術の世界へ入るなら、避けて通れません。

新人エンジニアがつまずきやすいポイント

つまずき原因理解のコツ
何を比べているのか分からない単発の測定結果ではなく、統計的な相関を見ているため何度も測って平均を取ると考える
手袋の相関と量子もつれの違いが分からないどちらも遠くで結果が対応しているように見えるため測定設定を変えたときの相関の強さが違うと考える
超光速通信だと思ってしまう遠くの結果が強く関係するため相関と通信は違うと分けて考える
数式のSが急に出てきて混乱する4種類の相関を足し引きするため4パターンのテスト結果をまとめたスコアと考える
局所実在論が難しい哲学的な言葉に見えるため測る前から答えがあり、遠くに即時通信しない世界観と考える

一番大切なのは、ベルの不等式を「1回の測定結果の話」と思わないことです。

ベルの不等式は、何度も測定した結果の統計的な相関についての話です。

単発の不思議現象ではなく、実験を繰り返して出てくるパターンなのです。

ベルの不等式を学ぶ順番

新人エンジニアがベルの不等式を学ぶなら、次の順番がおすすめです。

順番学ぶ内容理由
1ビットと確率+1、-1の結果や平均値を理解するため
2相関2つの測定結果の関係を見るため
3量子ビット量子状態の入口になるため
4重ね合わせ測定前の状態を理解するため
5量子もつれベルの不等式の主役だから
6局所実在論ベルの不等式が何を否定するのか理解するため
7CHSH不等式代表的な数式として学びやすいから
8量子情報技術量子暗号や量子通信への応用につながるから

いきなり論文や厳密な証明から入る必要はありません。

まずは、「古典的な相関には上限があり、量子もつれはその上限を超えることがある」と説明できれば十分です。

まとめ

ベルの不等式とは、局所実在論が正しいなら必ず満たすべき相関の上限を表す不等式です。

代表的なCHSH不等式では、次の式が使われます。

S = E(a, b) + E(a, b') + E(a', b) - E(a', b')

Sは、アリスとボブが4種類の測定設定で得た相関を足し引きした値です。

局所実在論では、次の条件を満たします。

|S| <= 2

測定前から値が決まっていて、遠くへ瞬時に影響しない世界なら、Sの大きさは2以下になります。

量子力学では、理想的な条件で次の上限まで到達します。

|S| <= 2 * sqrt(2)

量子力学では、Sの大きさが最大で約2.828まで大きくなる可能性があります。

ポイント内容
ベルの不等式の目的局所実在論で説明できる相関の限界を示す
局所実在論測定前から値が決まり、遠くへ瞬時に影響しないという考え方
量子もつれ古典的な説明では届かない強い相関を示す状態
CHSH不等式|S| <= 2という代表的なベル型不等式
重要な注意ベルの不等式の破れは超光速通信を意味しない

ベルの不等式の本質は、「量子の不思議さ」を感想ではなく、実験で検証できる形にしたことです。

哲学っぽく見える問いを、測定可能な数式に落とし込んだ。

ここが本当にすごい点です。

新人エンジニアは、まず手袋のたとえで古典的な相関を理解し、その後にCHSH不等式で「古典的な相関の上限」を押さえましょう。次に、量子もつれ、ノーシグナリング、量子暗号、量子通信へ進むと、ベルの不等式が量子情報技術の土台としてなぜ重要なのかが見えてきます!

投稿者プロフィール

山崎講師
山崎講師代表取締役
セイ・コンサルティング・グループ株式会社代表取締役。
岐阜県出身。
海外放浪の末、2000年創業、2004年会社設立。
IT企業向け人材育成研修歴業界歴20年以上。
すべての無駄を省いた費用対効果の高い「筋肉質」な研修を提供します!
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学生時代は趣味と実益を兼ねてリゾートバイトにいそしむ。長野県白馬村に始まり、志賀高原でのスキーインストラクター、沖縄石垣島、北海道トマム。高じてオーストラリアのゴールドコーストでツアーガイドなど。現在は野菜作りにはまっている。