グリットとは

こんにちは。ゆうせいです。

前回、1万時間の法則を扱いました。そこで残る疑問が一つあります。意図的な練習が大切だと分かっても、それを何年も続けられる人と、途中でやめてしまう人がいます。この差を説明する概念として注目されたのが、グリットです。この記事では、グリットとは何か、どこまで信頼できる概念なのか、そして人材育成の現場でどう扱うべきかを整理します。

結論

グリットとは、長期的な目標に対する情熱と粘り強さを指す心理特性です。提唱者はアンジェラ・ダックワースで、2007年の論文と2016年の著書で広まりました。

ただし、その後の検証研究により、当初主張されたほどの予測力はないことが分かっています。特に「情熱」の側面はほとんど効果がなく、効いているのは「努力の粘り強さ」の側面です。また、性格特性の一つである誠実性とほぼ重なることも指摘されています。

研修や人材育成に使うなら、受講者を選別する指標としてではなく、続けられる環境を設計するための視点として扱ってください。

グリットの定義

ダックワースはグリットを、次のように定義しています。

長期的な目標に対する、情熱と粘り強さ。

英語では perseverance and passion for long-term goals です。日本語では「やり抜く力」と訳されることが多くあります。

重要なのは、短期的な頑張りではないという点です。一晩の徹夜や、数週間の集中はグリットではありません。数年単位で同じ方向に取り組み続ける性質を指します。

グリットは二つの要素からなる

ダックワースは、グリットを二つの下位要素に分けました。

要素英語表記内容
興味の一貫性consistency of interest関心が頻繁に移らない。目標を途中で変えない
努力の粘り強さperseverance of effort挫折や失敗があっても取り組みを続ける

この二つは似ているようで違います。前者は「同じことを続けられるか」、後者は「うまくいかなくても続けられるか」です。後で述べますが、この区別が、その後の議論の焦点になります。

どのように測定するのか

グリット尺度という質問紙が使われます。原版は12項目、短縮版は8項目です。

短縮版の項目は、次のような内容です。実際の文言は著作物のため、趣旨を要約して示します。

興味の一貫性に関する項目

  • 新しいアイデアや計画に気を取られ、それまでの取り組みから離れてしまうことがある
  • 数か月ごとに、興味の対象が変わる
  • 目標を定めても、後から別の目標に変えることがある
  • ある考えに夢中になっても、しばらくすると関心を失う

努力の粘り強さに関する項目

  • 挫折があっても、やる気を失わない
  • 努力家である
  • 始めたことは最後までやり遂げる
  • 数か月以上かかる目標にも取り組める

各項目に1から5で回答し、興味の一貫性の項目は逆転させて集計します。平均値がグリットの得点です。

\text{Grit} = \frac{1}{8} \sum_{i=1}^{8} s_i

ここで s_i は各項目の得点です。たとえば8項目の得点が 4, 3, 5, 4, 4, 3, 4, 5 であれば、

\frac{4+3+5+4+4+3+4+5}{8} = \frac{32}{8} = 4.0

得点は4.0となります。最大は5.0です。

有名になった三つの研究

グリットが注目された背景には、印象的な研究結果があります。

一つ目は、アメリカ陸軍士官学校ウェストポイントの入学直後の訓練です。この訓練は脱落者が多いことで知られています。ダックワースらの研究では、入学時の学力や体力の総合評価よりも、グリット得点のほうが訓練の完遂を予測したと報告されました。

二つ目は、全米スペリング大会の出場者です。グリットの高い参加者ほど、練習量が多く、上位に進む傾向が見られました。

三つ目は、教員の在職継続です。困難な地域に赴任した新任教員のうち、グリットの高い者は一年を通じて勤務を続け、生徒の学力向上にもつながったと報告されています。

これらの結果が、才能よりも粘り強さが重要だという物語として受け取られ、教育界に急速に広まりました。

その後の検証で分かったこと

2017年、マーカス・クリードらが、およそ8万人分のデータを対象としたメタ分析を発表しました。ここで、いくつかの重要な指摘がなされています。

第一に、グリットと学業成績の相関は、報告されていたほど強くありませんでした。相関係数はおよそ0.18程度で、これは弱い相関にあたります。

第二に、二つの下位要素の効果が大きく異なりました。努力の粘り強さは一定の予測力を示しましたが、興味の一貫性はほとんど効果がありませんでした。つまり、グリットが効いているように見える部分の大半は、単に「努力を続けられるかどうか」でした。

第三に、グリットは性格特性のビッグファイブにおける誠実性と、非常に高い相関を示しました。報告された値はおよそ0.84です。これは、グリットが誠実性とほぼ同じものを測っている可能性を意味します。新しい概念として扱う必要があるのか、という疑問が生じます。

第四に、有名な研究の多くは、すでに選抜を通過した集団を対象としていました。ウェストポイントの入学者は、その時点で高い水準の選抜を経ています。一般の集団に同じ結果が当てはまるとは限りません。

なお、ダックワース自身もこれらの批判に応答しており、グリットを学校評価や選抜の指標に使うことには反対の立場を明確にしています。

それでもグリットが有用な理由

批判があるからといって、この概念に意味がないわけではありません。研修や育成の文脈では、次の三点で役に立ちます。

一つ目は、能力の話を努力の話に置き換えられる点です。新人が「自分には向いていない」と感じたとき、才能の問題ではなく続け方の問題として扱えます。

二つ目は、前回扱った意図的な練習と接続する点です。意図的な練習は消耗する活動です。楽しくない、疲れる、うまくいかない。それでも続ける必要があります。グリットは、この継続を支える性質として位置づけられます。

三つ目は、長期の目標設定という視点を持ち込める点です。ダックワースは、目標を階層構造で捉えることを勧めています。

階層内容エンジニアの例
最上位目標変わらない方向性使う人が困らないシステムを作る
中位目標数年単位の目標設計まで任される技術者になる
下位目標日々の具体的な作業今日の課題のテストを通す

下位目標は、うまくいかなければ変えてよいものです。一方、最上位目標を頻繁に変えると、積み上げが起きません。この構造を新人に示すと、目の前の失敗と長期の方向性を切り分けて考えられるようになります。

育成の現場でどう扱うか

ここからが実務での使い方です。

選抜の指標に使わない

採用や配属の判断でグリット尺度を使うことは、おすすめできません。自己申告の質問紙であるため、意図的に高い得点を出すことが容易です。また、上記の通り予測力も限定的です。

さらに問題なのは、続かなかった原因を個人の性質に帰してしまうことです。実際には、教え方、業務内容、人間関係、労働時間が原因である場合が多くあります。

環境の側を設計する

続く人と続かない人がいるとき、まず環境を疑ってください。次の四つが揃っているかを確認します。

要素確認する内容
目的の理解この作業が何につながるのかを本人が説明できるか
進歩の可視化先月より何ができるようになったかが分かるか
適切な難易度少し詰まる程度か。簡単すぎたり難しすぎたりしないか
支援の存在詰まったときに聞ける相手がいるか

この四つが欠けた状態で「やり抜く力が足りない」と評価するのは、育成側の責任の放棄になります。

成長マインドセットと組み合わせる

キャロル・ドゥエックが提唱した成長マインドセットは、能力は努力によって伸ばせるという信念を指します。グリットとは別の概念ですが、実践上は密接に関係します。

能力が固定的だと信じている人は、失敗を「向いていない証拠」と解釈し、そこでやめます。伸ばせると信じている人は、失敗を「やり方を変える合図」と解釈し、続けます。

新人にフィードバックを返すときは、結果ではなく過程を指摘してください。

  • 避けたい言い方。よくできている、優秀だ
  • 望ましい言い方。ここで先に条件を整理したのがよかった、この調べ方は次も使える

前者は能力への評価、後者は過程への評価です。後者のほうが、継続につながります。

研修設計への反映

新人研修でグリットを扱う場合、講義形式で「やり抜く力が大切です」と伝えても、ほとんど効果はありません。代わりに、次のような設計を検討してください。

  • 数日にわたって取り組む課題を一つ用意し、途中で必ず詰まる構成にする
  • 詰まった時点で、原因を言語化させる時間を設ける
  • 解決後に、詰まってから抜け出すまでの過程を振り返らせる

やり抜いた経験そのものを作ることが、概念の説明よりも有効です。

注意すべき点

グリットという概念を扱う際、次の三つは避けてください。

一つ目は、自己責任論への転用です。「続かないのは本人のやり抜く力の問題」という使い方は、組織の課題を個人に押し付けることになります。

二つ目は、撤退の否定です。合わない環境や、明らかに見込みのない方向から離れる判断は、合理的な行動です。グリットを理由に、不適切な状況に留まらせてはいけません。ダックワース自身も、下位目標の変更は当然であると述べています。

三つ目は、過労の正当化です。粘り強さと、休まないことは別のものです。継続には回復が必要であるという前提を、必ず添えてください。

理解度を確認する問い

  • グリットを構成する二つの要素を挙げ、それぞれの違いを説明してください
  • 検証研究において、二つの要素のうちどちらが予測力を持つと報告されましたか
  • グリットと誠実性の関係について、指摘されている問題は何ですか
  • 自分の職場で、新人が学習を継続しにくくなっている環境要因を一つ挙げてください

まとめと次の学習ステップ

グリットは、長期目標に対する情熱と粘り強さを指す概念です。ただし、検証研究により予測力は限定的であり、効いているのは主に努力の粘り強さの側面であることが分かっています。誠実性との重複も指摘されています。

育成の現場では、個人を測る道具ではなく、続けられる環境を点検する視点として使ってください。目的が理解でき、進歩が見え、難易度が適切で、支援がある。この四つが揃えば、多くの人は続けられます。

次に学ぶなら、成長マインドセットに関するドゥエックの研究が自然な流れです。あわせて、内発的動機づけを扱った自己決定理論も押さえておくと、育成施策の設計に直接使えます。自己決定理論は、人が意欲を保つ条件を、自律性、有能感、関係性の三つに整理したもので、上に挙げた環境の四要素とも重なります。

セイ・コンサルティング・グループでは新人エンジニア研修のアシスタント講師を募集しています。

投稿者プロフィール

山崎講師
山崎講師代表取締役
セイ・コンサルティング・グループ株式会社代表取締役。
岐阜県出身。
海外放浪の末、2000年創業、2004年会社設立。
IT企業向け人材育成研修歴業界歴20年以上。
すべての無駄を省いた費用対効果の高い「筋肉質」な研修を提供します!
この記事に間違い等ありましたらぜひお知らせください。

学生時代は趣味と実益を兼ねてリゾートバイトにいそしむ。長野県白馬村に始まり、志賀高原でのスキーインストラクター、沖縄石垣島、北海道トマム。高じてオーストラリアのゴールドコーストでツアーガイドなど。現在は野菜作りにはまっている。