【エンジニア必見】自由か、公正か?ノージック、ロールズ、フリードマンの思想から社会のOSを考える

こんにちは。ゆうせいです。

突然ですが、皆さんは社会のルール、つまり「社会のOS」がどのように設計されているか、考えたことはありますか?

私たちエンジニアは、日々システムの設計や実装に関わっていますよね。その根底には、効率性、堅牢性、スケーラビリティといった設計思想があります。実は、私たちが生きるこの社会にも、様々な「設計思想」が存在するんです。

「どうして税金を払うの?」「貧富の差はどこまで許されるの?」といった疑問は、まさに社会のOS、つまり「正義」や「公正」のあり方に関する問いと言えます。

今回は、そんな社会のOSを考える上で欠かせない3人の思想家、ロバート・ノージック、ジョン・ロールズ、そしてミルトン・フリードマンの考え方を、比較しながら分かりやすく解説していきます。一見、難しそうに聞こえるかもしれませんが、彼らの思想は、現代のテクノロジーや経済のあり方を深く理解する上で、強力な武器になりますよ!

「公正」を何よりも大切にしたジョン・ロールズ

まずご紹介するのは、20世紀を代表する政治哲学者、ジョン・ロールズです。彼の思想を一言で表すなら、「徹底的に公正な社会を目指した人」と言えるでしょう。

でも、「公正」って一体何でしょう?人によって考え方が違いそうですよね。そこでロールズが提案したのが、「無知のヴェール」というユニークな思考実験です。

無知のヴェール:究極の公平な話し合い

想像してみてください。これからあなたが新しい社会のルールを作るとします。ただし、一つだけ特殊な条件があります。それは、あなたが「無知のヴェール」を被っていること。

このヴェールを被ると、自分がその社会でどんな人間になるのか、一切分からなくなってしまいます。お金持ちの家に生まれるのか、貧しい家に生まれるのか。才能に恵まれるのか、そうでないのか。性別も、人種も、何もかもが分かりません。

さあ、この状況で、あなたはどんな社会のルールを作りますか?

おそらく、自分が最も不利な立場になったとしても、なんとか生きていけるような社会を目指すのではないでしょうか?例えば、「一部の人だけが極端に得をするけれど、多くの人が飢える社会」よりも、「全員が最低限の生活は保障される社会」を選ぶはずです。

この思考実験から、ロールズは「公正としての正義」という考え方を導き出しました。

格差は許される?ロールズの出した答え

ロールズは、完全な平等だけが正義だとは考えませんでした。彼が提唱したのが「格差原理」です。

latex社会経済的な不平等が許されるのは、それが最も不遇な人々の利益を最大化する場合に限られる

(社会経済的な不平等が許されるのは、それが最も不遇な人々の利益を最大化する場合に限られる)

これは、とても面白い考え方ですよね。例えば、優秀なエンジニアに高い給料を支払う、という「格差」を考えましょう。この格差が許されるのは、そのエンジニアが画期的なサービスを生み出し、その結果として社会全体が豊かになり、最も貧しい人々の生活も向上する場合だけだ、とロールズは言うのです。

ケーキの切り分けで例えるなら、ただ均等に切るのではなく、一番お腹を空かせている子の取り分が最も大きくなるように工夫して切り分ける、というイメージに近いかもしれません。

ロールズ思想のメリット・デメリット
  • メリット: 社会全体の安定につながり、弱い立場の人々が切り捨てられにくいセーフティネットが生まれます。
  • デメリット: 高い能力を持つ人の努力や成果が、再分配によって正当に報われないと感じられる可能性があります。個人の自由な経済活動を少し抑制してしまうかもしれませんね。

「自由」こそが絶対!と叫んだロバート・ノージック

ロールズの考え方に対して、「ちょっと待った!」と声を上げたのが、同僚でもあったロバート・ノージックです。彼の思想はロールズとは正反対。一言で言えば、「個人の自由を邪魔するな!」というものです。

このような、個人の自由を最大限に尊重し、国家の役割を最小限にすべきだという考え方を「リバタリアニズム(自由至上主義)」と呼びます。

最小国家:政府のお仕事はこれだけ!

ノージックは、国家の役割は「夜警」のようなものだと考えました。つまり、国民の生命や財産を、暴力や盗難、詐欺から守るためだけの最小限の機能(警察、国防、司法)だけを持つべきだ、というのです。

このような国家を「最小国家」と呼びます。

教育や福祉、インフラ整備といった、現代の私たちが当たり前だと思っている政府の役割の多くを、ノージックは「余計なお世話」だと考えたのです。

権原理論:あなたのものはあなたのもの

では、なぜノージックはここまで国家の介入を嫌ったのでしょうか?その根底にあるのが、「権原理論」という考え方です。

これは、以下の3つの原則から成り立っています。

  1. 取得における正義の原則: 誰も所有していないものから、他者の状況を悪化させない限りにおいて、最初に取得した人の所有権は正当である。
  2. 移転における正義の原則: 正当に所有されているものから、自発的な交換や贈与によって移転されたものの所有権は正当である。
  3. 匡正の原則: 上記1と2に反する過去の不正義を正すための原則。

簡単に言えば、「盗んだり騙したりせず、正当な手続きで手に入れたものは、完全にあなたのものです。たとえそれが莫大な富であっても、国家が税金として強制的に取り上げる権利はない!」ということです。

ノージックにとって、貧しい人を助けるためという目的であっても、富裕層から税金を取ることは、その人の労働時間の一部を強制的に奪う「強制労働」と同じくらい不正なことなのです。

有名な「ウィルト・チェンバレンの例え」で考えてみましょう。

ある超人気バスケットボール選手(チェンバレン)がいて、彼の試合を見たいファンは、入場料とは別に、彼専用の箱に25セントを自発的に入れます。シーズン終わりには彼は大金持ちになりますが、このお金の動きには、誰の自由も侵害していませんよね?ファンは喜んでお金を払っているのです。この結果生まれた格差を、国家が「不公平だ」という理由で是正するのはおかしい、とノージ'ックは主張しました。

ノージック思想のメリット・デメリット
  • メリット: 個人の自由と所有権が最大限に尊重され、努力した人が正当に報われる社会が実現します。イノベーションも生まれやすいかもしれません。
  • デメリット: 貧富の差が際限なく広がる可能性があります。病気や不運で働けなくなった人は、社会から切り捨てられてしまう危険性があります。

「市場の力」を信じたミルトン・フリードマン

最後は、ノーベル経済学賞も受賞したミルトン・フリードマンです。彼はノージックと同じく「自由」を重視しましたが、そのアプローチはより経済学的です。彼の思想は「新自由主義(ネオリベラリズム)」と呼ばれます。

フリードマンは、政府が市場に介入することは、大抵の場合、ろくな結果を生まないと考えました。市場の価格メカニズムこそが、最も効率的に資源を配分する優れたシステムだと信じていたのです。

マネタリズムと小さな政府

フリードマンは、経済を安定させるために政府が需要をコントロールしようとするケインズ経済学を批判し、「マネタリズム」を提唱しました。

M \times V = P \times Y

(通貨供給量 × 通貨の流通速度 = 物価水準 × 実質GDP)

これは「貨幣数量説」と呼ばれる有名な方程式です。フリードマンは、この式のV(通貨の流通速度)は安定的だと考えました。そして、経済の混乱(特にインフレーション)の主な原因は、政府や中央銀行がM(通貨供給量)を気まぐれに増減させることにある、と主張したのです。

だから、政府は余計なことをせず、一定のルールに従って通貨供給量を安定的に増やすことだけに専念すべきだ!というのが彼の考えです。これが「小さな政府」につながります。

負の所得税:シンプルなセーフティネット

フリードマンは、決して弱者を切り捨てようとしたわけではありません。ただ、既存の複雑な福祉制度は非効率で、人々の働く意欲を削いでいると考えました。

そこで彼が提案したのが「負の所得税」です。

これは、所得が一定の基準に満たない低所得者層に対して、政府が不足分を現金で給付するという、非常にシンプルな仕組みです。

例えば、基準額が100万円で、給付率が50%だとします。所得がゼロの人は50万円もらえます。所得が60万円の人は、不足額40万円の50%である20万円が給付され、合計所得は80万円になります。

複雑な審査や手続きをなくし、市場のメカニズムをできるだけ阻害しない形で、最低限のセーフティネットを構築しようというアイデアです。

フリードマン思想のメリット・デメリット
  • メリット: 政府の無駄が削減され、経済が効率化します。自由な競争によってイノベーションが促進される可能性があります。
  • デメリット: 市場の失敗(環境問題など、市場メカニズムだけでは解決できない問題)に対応しきれない場合があります。また、規制緩和が行き過ぎると、格差の拡大や金融危機などを招くリスクもあります。

三者の思想を比較してみよう!

ここまで見てきた3人の思想を、表でまとめてみましょう。

観点ジョン・ロールズロバート・ノージックミルトン・フリードマン
最も重要な価値公正自由自由(特に経済的自由)
国家の役割福祉国家(再分配に積極的)最小国家(夜警国家)小さな政府(市場への介入は最小限)
富の再分配賛成(格差原理)反対(強制労働と見なす)条件付きで賛成(負の所得税)
思想の系統リベラリズムリバタリアニズム新自由主義
キーワード無知のヴェール権原理論市場原理、マネタリズム

こうして見ると、三者の違いがはっきりしますね。

ロールズが「社会全体の調和と弱者への配慮」というOSを設計しようとしたのに対し、ノージックは「個人の権利を絶対に侵害しない」という強固なセキュリティをOSに組み込もうとしました。そしてフリードマンは、「市場という最も効率的なアルゴリズムに任せる」ことを基本設計とした、と言えるかもしれません。

エンジニアである私たちと、どう関係があるの?

さて、ここからが本題です。なぜエンジニアの私たちが、彼らの思想を知る必要があるのでしょうか?

実は、私たちが開発している技術やサービスは、彼らが議論した「自由」と「公正」の問題と深く関わっています。

  • Web3やブロックチェーン: ビットコインに代表されるこれらの技術は、中央集権的な管理者を必要とせず、個人の所有権をプログラムで保証します。これは、ノージックが夢見たリバタリアン的な世界観と非常に親和性が高いと思いませんか?
  • 巨大プラットフォーマーの問題: 一部の巨大IT企業が富とデータを独占している現状は、ロールズの格差原理の観点から見て、許されるのでしょうか?彼らの存在は、最も恵まれない人々の利益を最大化していると言えるでしょうか?
  • マッチングアプリやシェアリングエコノミー: これらのサービスは、まさにフリードマンが信じた市場原理を社会の隅々にまで浸透させるものです。規制を緩和し、自由な取引を促進することで、社会はより効率的になったのでしょうか?それとも、新たな格差や問題を生み出しているのでしょうか?

私たちがコード一行一行を書くとき、それは単なる技術的な作業ではありません。私たちが作るサービスは、社会の「自由」と「公正」のバランスを、良くも悪くも変えてしまう力を持っているのです。その自覚を持つことが、これからのエンジニアには不可欠だと、私は思います。

これから何を学べばいい?

今回の話で少しでも政治哲学に興味を持ったなら、ぜひ、さらに学びを深めてみてください。

  1. 原典に挑戦してみよう: まずは、今回紹介した思想家たちの主著を手に取ってみるのが一番です。
    • ジョン・ロールズ 『正義論』
    • ロバート・ノージック 『アナーキー・国家・ユートピア』
    • ミルトン・フリードマン 『資本主義と自由』いきなり読むのは大変かもしれませんが、彼らの生の言葉に触れることで、思考の深さを実感できるはずです。
  2. 現代の議論に触れよう: マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』は、まさに今回のようなテーマを、現代の事例を交えながら分かりやすく解説してくれる名著です。ここから入るのも良いでしょう。
  3. 自分の仕事と結びつけて考えよう: 自分が関わっているプロジェクトやサービスが、社会の「自由」や「公正」にどのような影響を与えているか、意識的に考えてみてください。同僚と議論してみるのも面白いかもしれません。

社会のOSについて考えることは、より良いサービス、そしてより良い社会を設計するための第一歩です。哲学的な視点を持つことで、あなたのエンジニアとしての視野は、きっと大きく広がるはずですよ!

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投稿者プロフィール

山崎講師
山崎講師代表取締役
セイ・コンサルティング・グループ株式会社代表取締役。
岐阜県出身。
2000年創業、2004年会社設立。
IT企業向け人材育成研修歴業界歴20年以上。
すべての無駄を省いた費用対効果の高い「筋肉質」な研修を提供します!
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