フィリップス曲線の下方硬直性とは?

フィリップス曲線とは、インフレーション率(物価の上昇率)と失業率の間にトレードオフ(逆の関係)があることを示す理論です。具体的には、物価が上がる(インフレが進む)ときには失業率が低くなり、逆に失業率が高いときには物価があまり上がらない、という関係性を示します。この理論は1958年にイギリスの経済学者A.W.フィリップスが発表したことから「フィリップス曲線」と呼ばれています。

では、「下方硬直性」とは何でしょうか?

下方硬直性の意味

「硬直性」とは、「柔軟性がなく、変化しにくい」という意味です。「下方」とは、「下の方向」、つまり数値が下がる方向を指します。したがって、「下方硬直性」とは、何かが下がるべき状況になっても、実際には下がりにくい現象を指します。

この文脈でいう「下方硬直性」とは、物価や賃金が下がりにくいという現象を指します。たとえば、経済が不況に陥り、失業率が上昇して需要が減少しても、賃金や物価がすぐには下がらないことがあります。この「下がりにくさ」を下方硬直性と呼びます。

なぜ下方硬直性が生じるのか?

では、なぜ物価や賃金が下がりにくいのでしょうか? いくつかの要因があります。

  1. 労働者の心理的な抵抗
    多くの人は、賃金が上がることを望んでいますが、下がることに強い抵抗を感じます。これは生活水準を維持するためや、賃金が下がることで生活が苦しくなるという不安からです。そのため、企業側も従業員のモチベーション低下や離職を防ぐため、容易には賃金を引き下げられないのです。
  2. 契約上の問題
    多くの国では、労働契約や労働法が賃金の引き下げを厳しく規制しています。これにより、景気が悪化しても賃金が下がりにくくなっています。
  3. 物価の調整コスト
    物価が下がるということは、商品やサービスの価格を引き下げることを意味します。しかし、価格の変更にはコストがかかります(これを「メニューコスト」と呼びます)。たとえば、商品の価格表を変更したり、販売システムを再調整するための費用が発生するため、企業は価格を頻繁に変えたがりません。

フィリップス曲線と下方硬直性の関係

フィリップス曲線が示す理論では、失業率が高くなるとインフレ率が低下するはずです。しかし、下方硬直性が存在する場合、物価や賃金が容易に下がらないため、インフレ率が下がりにくくなることがあります。

例えば、経済が不況であっても賃金が下がらないと、企業はコスト削減が難しく、価格を下げることもできません。このため、失業率が高い状況でも、物価が思ったほど下がらない、もしくはデフレ(物価が下がる状態)にならないことが起こり得ます。これがフィリップス曲線における「下方硬直性」が意味するところです。

下方硬直性の影響

下方硬直性が存在する場合、経済政策に大きな影響を与えることがあります。

  • 景気刺激策の効果が限られる
    失業率が高い状況でも物価が下がりにくいため、政府や中央銀行が実施する金融緩和や財政政策の効果が限定的になることがあります。つまり、失業率を下げようとしても、賃金や物価が硬直しているため、インフレを生み出すことが難しくなります。
  • デフレスパイラルの防止
    下方硬直性があることは、ある意味では経済にとってプラスにも働きます。物価や賃金が容易に下がらないため、デフレが続いて経済が悪化する「デフレスパイラル」を防ぐことができます。デフレスパイラルとは、物価の下落が続き、企業の収益が減少し、さらなる賃金カットや失業が発生することで、消費がさらに落ち込むという悪循環のことです。

まとめ

フィリップス曲線の下方硬直性とは、物価や賃金が下がりにくい現象のことです。これにより、失業率が高くても物価の下落が抑制され、結果としてフィリップス曲線の予測通りには経済が動かないことがあります。

この現象を理解することは、経済の動向や政策の効果をより深く理解するために非常に重要です。次のステップとして、フィリップス曲線と経済政策の関係や、現代の経済状況におけるフィリップス曲線の有効性について学ぶと、さらに理解が深まるでしょう。