マルコフ決定プロセスの名前の由来と強化学習の数理モデルの仕組みを初心者向けに解説

こんにちは。ゆうせいです。

人工知能や制御理論の分野では、不確実な環境の中で最も適切な行動の選択肢を決定するための数学的な枠組みが用いられています。囲碁や将棋の自動対局、自動運転車の経路選択、工場のロボットアーム制御など、試行錯誤を通じて目的を達成する強化学習の基盤として広く活用されている数理モデルがマルコフ決定プロセスです。今回は、マルコフ決定プロセスという名称の由来や構造の仕組み、実用上の長所と短所について解説します。

マルコフ決定プロセスという名称の由来

マルコフ決定プロセスは、英語の Markov Decision Process を日本語へ翻訳した用語です。頭文字をとって MDP と略称されることもあります。

名称を構成する3つの単語を分解して確認すると、モデルが持つ役割が分かります。

マルコフ(Markov)の由来

マルコフという名称は、ロシアの数学者アンドレイ・マルコフ(Andrey Markov)氏に由来しています。マルコフ氏は、「未来の状態が起こる確率は、過去の長い履歴全体ではなく、現在の状態のみに依存して決まる」という確率過程の性質を定式化しました。この特性はマルコフ性(マルコフ性質)と呼ばれています。

決定(Decision)の意味

決定という単語は、意思決定を行う主体(エージェント)が、自らの意志で行動を選択することを指します。単に偶然だけで状態が移り変わる受動的な観察にとどまらず、どの行動を選ぶかによって未来の展開が変わる能動的な意思決定の要素を含んでいます。

プロセス(Process)の意味

プロセスという単語は、時間の経過に伴って状態が変化していく過程(確率過程)を表します。一度の判断で終わるのではなく、行動の選択、状態の変化、報酬の獲得という一連の流れが連続して続いていく仕組みを意味します。

数学者マルコフ氏の研究に基づくマルコフ性を前提とし、行動の選択(決定)を行いながら状態が推移する確率的な時間経過(プロセス)をモデル化した構造であることから、マルコフ決定プロセスと名付けられました。

ボードゲームの盤面と記録手帳の比喩で理解する

マルコフ決定プロセスの動作原理を理解するために、すごろくやチェスのような盤上ゲームを例に考えてみます。

過去の履歴を重視する方式は、対戦中のプレイヤーが手帳を取り出し、「何ターン目にどのマスを通り、どのような順番でサイコロを振ってきたか」という開始地点からの足取りを最初からすべて読み返さなければ次の一手を決められない状態に相当します。手数が進むほど手帳のページ数が増え、考慮すべき過去の情報量が膨大になってしまいます。

これに対してマルコフ決定プロセスは、現在の盤面の駒の配置だけを見て次の一手を決める方式をとります。そのマスにたどり着くまでにどのような過去の経緯があったとしても、現在の盤面状況が同一であれば、未来に起こりうる変化の規則は変わりません。過去の移動履歴をすべて切り捨て、現時点の盤面(現在の状態)と指し手(選択する行動)のみに注目して次の局面の確率を計算します。

マルコフ決定プロセスの数学的定義と構成要素

マルコフ決定プロセスは、基本的に4つの主要な要素の組として定義されます。

1. 状態集合 S

意思決定を行う環境が取りうるすべての状況の集まりです。

2. 行動集合 A

各状態において意思決定者が選択できる行動の集まりです。

3. 状態遷移確率行列 P

現在の状態 s において行動 a を取ったとき、次の状態 s' へ移り変わる確率を表します。

マルコフ性を表す条件付き確率の定義式

P(S_{t+1} = s' \mid S_{t} = s, A_{t} = a, S_{t-1} = s_{t-1}, A_{t-1} = a_{t-1}, \dots, S_{0} = s_{0}, A_{0} = a_{0}) = P(S_{t+1} = s' \mid S_{t} = s, A_{t} = a)

この数式は、時刻 t より前の過去のすべての状態と行動の履歴を与えた条件付き確率が、直前の状態 s と行動 a のみを与えた条件付き確率と完全に一致することを示しています。

4. 報酬関数 R

状態 s で行動 a を実行し、次の状態 s' へ遷移した際に環境から得られる即時報酬の期待値を表します。

意思決定者が目指す目的は、将来にわたって得られる報酬の割引現在価値の総和(収益)を最大化することです。将来得られる報酬の合計期待値は、次のベルマン方程式によって再帰的に表現されます。

状態価値関数に関するベルマン方程式

V^{\pi}(s) = \sum_{a \in A} \pi(a \mid s) \sum_{s' \in S} P(s' \mid s, a) \left[ R(s, a, s') + \gamma V^{\pi}(s') \right]

数式内の pi(a | s) は状態 s において行動 a を選ぶ方針(方策)を表し、gamma は将来の報酬を割り引く係数(0以上1未満)を表します。

マルコフ決定プロセスのメリット

マルコフ決定プロセスを採用することによって確認できる利点には、以下の項目が挙げられます。

  • 計算資源と記憶容量の削減:過去のすべての履歴データをメモリに保持し続ける必要がなく、現在の状態情報のみを保持すれば次の判断を計算できるため、アルゴリズムの計算負荷を抑制できます。
  • 最適解の数学的保証:遷移確率と報酬関数が完全に既知である場合、動的計画法(価値反復法や方策反復法)を用いることで、理論上の最適方策を厳密に導出できることが数学的に証明されています。
  • 汎用的な枠組みの提供:強化学習をはじめとする多様な逐次的意思決定問題を、共通の数学的構造として形式化できるため、異分野の課題に対して共通の解法アルゴリズムを適用できます。

マルコフ決定プロセスのデメリット

一方で、マルコフ決定プロセスを現実の諸問題へ適用する際には以下のような課題も存在します。

  • マルコフ性の厳格な前提:現実世界の多くの課題(天候の変化、部分的なセンサー情報、相手の心理状態など)は過去の経緯に依存して未来が変化するため、完全なマルコフ性を満たす状態表現を設計することが困難です。
  • 次元の呪いによる計算破綻:状態の数や行動の数が増加すると、遷移確率行列の要素数が膨大になり、厳密な解を反復計算するためのメモリと処理時間が現実的な範囲を超過します。
  • 遷移確率の事前把握の困難さ:実社会の複雑なシステムにおいては、どの行動をとった場合にどの確率で次の状態に移るのかという環境の正確なモデルを事前に数式化できないケースが多発します。

まとめと次の学習ステップ

マルコフ決定プロセスは、ロシアの数学者アンドレイ・マルコフ氏に由来する「過去の履歴に依存せず現在の状態のみで未来が決まる」というマルコフ性と、行動の「決定」、時間の「プロセス」を統合した名称です。意思決定問題を数式として整理するための強化学習の基盤モデルとして位置づけられています。

マルコフ決定プロセスの理解を深めるための学習ステップは以下の通りです。

  1. 行動の選択肢を含まない単純な確率遷移モデルであるマルコフ連鎖(マルコフ過程)の推移確率行列の計算を確認する。
  2. マルコフ連鎖に報酬の概念を追加したマルコフ報酬プロセスの収益計算とベルマン方程式の基本形を整理する。
  3. 動的計画法における方策反復法と価値反復法の手順を追い、モデルが既知の環境において最適方策が求まる過程を追跡する。
  4. 遷移確率が未知の環境において経験から学習を進めるモンテカルロ法や時間差分学習(TD学習、Q学習、SARSA)へと学習を進める。
  5. 状態の一部しか観測できない現実的な制約をモデル化した部分観測マルコフ決定プロセス(POMDP)の仕組みを把握する。

基盤となるマルコフ性の仮定とベルマン方程式の構造を順序立てて把握しておくことで、現代の高度な強化学習アルゴリズムの動作原理や理論的な背景についても明確に理解できるようになります。

投稿者プロフィール

山崎講師
山崎講師代表取締役
セイ・コンサルティング・グループ株式会社代表取締役。
岐阜県出身。
海外放浪の末、2000年創業、2004年会社設立。
IT企業向け人材育成研修歴業界歴20年以上。
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学生時代は趣味と実益を兼ねてリゾートバイトにいそしむ。長野県白馬村に始まり、志賀高原でのスキーインストラクター、沖縄石垣島、北海道トマム。高じてオーストラリアのゴールドコーストでツアーガイドなど。現在は野菜作りにはまっている。