「価格が高い」への5つの返し方 ── IT営業の交渉5要素(力関係・心理・論理・価値共創・妥協)と交渉カード

こんにちは。ゆうせいです。

IT営業向け連載の第9回です。前回は、交渉の目的・目標・撤退ラインの決め方をお伝えしました。今回は、交渉の場での進め方です。交渉を5つの要素(力関係、心理、論理、価値共創、妥協)に分けて、「価格が高い」への5つの返し方と、お金以外に交換できる交渉カードを解説します。

読者の疑問:値引き以外に、交渉で動かせるものはあるのか

「価格が高い」と言われたとき、多くのIT営業が考えるのは「何%まで下げられるか」です。しかし、値引きだけで交渉すると、次のことが起きます。

  • 値引きの基準が「前回の値引き率」になり、毎回下がり続ける
  • 値引きした分、社内のSEの工数が圧迫される
  • お客様も「言えば下がる」と学習し、次回はもっと大きな値引きを求める

価格は、交渉で動かせる要素の1つにすぎません。動かせる要素を増やすほど、値引きに頼らない交渉ができます。

結論:5つの要素を順番に使い、価格の妥協は最後に小さく

先に結論をお伝えします。

交渉は、次の5つの要素で組み立てます。

    1. 力関係(Power Balance):交渉の前に、有利な位置を占めておく
    1. 心理(Psychology):相手の心に働きかける
    1. 論理(Logic):根拠とデータで納得を作る
    1. 価値共創(Value Co-creation):条件を交換して、合意の幅を広げる
    1. 妥協(Compromise):どうしても埋まらない差を、中間点で埋める

順番が重要です。力関係と心理で土台を作り、論理で納得を作り、価値共創で合意の幅を広げます。妥協は最後に、小さく使います。ノン・アサーティブな営業は、この順番を飛ばして、いきなり妥協(値引き)に向かいがちです。

用語の説明:交渉の5要素と鉄則

力関係 ── 交渉の前に有利な位置を占める

力関係とは、相手との交渉の前に、あらかじめ有利なポジションを占めておくことです。パワーを拡大する方策は4つあります。

  1. 自社の資源の価値を高める。業界知識、保安ノウハウ、導入実績など、「ここでしか買えない」ものを作る
  2. 自分の選択肢を増やす。他の案件や他のお客様を持ち、1社に依存しない
  3. 第三者を活用する。グループ会社の事例、ユーザー同士の紹介、専門家の見解を使う
  4. 結託を形成する。お客様社内の推進派、SE部門、パートナーを味方にする

注意点として、キーマンを重視するあまり、目の前の担当者を軽視してはいけません。担当者が社内で起案してくれなければ、案件は進みません。

心理 ── 相手の心に働きかける

心理とは、感謝や敬意など、好意的な言葉や行動で相手の心に訴えることです。あなたと接した相手が嫌な思いをしたとしたら、それはあなたの損です。

  • 常に相手に感謝するネタを探す(好意を示せば好意が返ってくる、返報性の法則)
  • 会話の中で相手の名前を呼ぶ
  • 物理的な距離を近づけると、心理的な距離も縮まる
  • アイスブレイクは有効。ただし真剣な場面では単刀直入に
  • 捨て台詞は禁句。相手に非があっても、一生たたる
  • 競合他社の陰口は言わない。自分の信用が下がる
  • 相手の立場から一緒に考える姿勢を示す
  • 相手の感情を受け止めるために聴く

論理 ── 根拠とデータで納得を作る

論理とは、理由や根拠、情報やデータなど、客観的な事実を用いて相手を納得させることです。プロは論理でも負けてはいけません。

  • 根拠は実例とデータで示す
  • 議論が平行線になったら、信頼できる資料を出して資料に語らせる(資料転換法)
  • 相手が思いつきで発言したら、「なぜそう思うのか」と根拠を訊く
  • 論理で勝ってビジネスで負けない。相手を言いくるめることが目的ではない
  • 論理は質問の形にして和らげる。論理は鋭い刃物であり、相手も自分も傷つける

価値共創 ── 条件を交換して合意の幅を広げる

価値共創とは、相手の主張を自分の提案に組み入れて、提案し直すことです。話し合いの中で、一緒に案を練り上げます。交渉の目的は、パイを奪い合うことではなく、パイを膨らませることです。

  • オファーできる選択肢を増やしておく
  • 価値は相対的である。同じものでも、相手にとっての価値と自分にとっての価値は違う
  • 「自分にあって相手にないもの」と「相手にあって自分にないもの」を交換する
  • 優先順位は相手につけてもらう
  • 情報という資源は、与えるほど増える

妥協 ── 最悪を避けて合意する

妥協とは、同じ要素(価格など)について、対立する双方が中間点を取り、利益と痛みを分け合うことです。最後の手段であり、小さく使います。

  • 条件提示は後出しが基本。ただし、自分の立場が強ければ先に出して基準を作る(アンカリング)
  • 断定ではなく、仮定の表現で粘る
  • 宿題を出し合い、次につなげる
  • ZOPAとBATNAを明確にしておく(前回参照)
  • 嘘の相見積もりなど、不誠実な手は使わない。一度で信用を失う

具体例:「価格が高い」への5つの返し方

お客様の「価格が高すぎる。何とかならない?」という言葉に対して、5つの要素それぞれで返した例を示します。

要素ねらい表現例使いどころ
力関係選ばれる理由を示す「この業務テンプレートは当社の業界知見で作っており、同等のものは他社にはございません」自社の強みが明確なとき
心理関係と信頼で動かす「お立場はよく分かります。長い目で見ると、この投資は回収できると、ご一緒に確認させてください」感情的な反発があるとき
論理根拠で納得を作る「(明細を示して)どの部分が高いとお感じでしょうか。工数の根拠をご説明します」分析型で慎重な相手
価値共創条件を交換して広げる「初期費用を抑えるなら、〇〇機能を第2フェーズに回す案と、納期を1か月延ばす案があります。どちらが御社に合いますか」予算に上限があるとき
妥協最悪を避けて合意する「仮に5%調整できたら、今期のご決裁は可能でしょうか。その代わり、保守契約もご一緒にお願いします」最後の詰め。小さく、条件付きで

前回までのYES, ANDで受け止めてから、どの要素で返すかを選びます。

練習問題1

次の営業の返し方は、5つの要素のどれに当てはまるでしょうか。

  1. 「他社様の同規模案件では、〇〇円以上の単価をいただいております。明細をご覧ください」
  2. 「お値引きは私の宿題にします。仕様の絞り込みは、御社内でご検討いただけますか」
  3. 「おかげさまで複数社からお引き合いをいただいており、SEの稼働を確保するのが精一杯の状況です」
  4. 「必須でない機能を次回の改定に回せば、初期費用を抑えられます」

解答と解説

1は論理です。実例(他社の単価)と資料(明細)で根拠を示しています。

2は妥協です。宿題を出し合い、次につなげる型です。

3は力関係です。自分の選択肢が多いこと(他社からの引き合い)を示し、有利な位置を占めています。

4は価値共創です。機能の範囲という別の要素を動かして、価格の問題を解決しようとしています。

交換できる価値:交渉カード

価値共創を実践するには、お金以外に交換できる「カード」を持っておく必要があります。IT営業で使えるカードを、営業側とお客様側に分けて挙げます。

営業側が出せるカード

  • 納期や着手時期の調整
  • スコープ(機能の段階導入)
  • 支払条件(分割、検収時期)
  • 保守範囲、SLA、対応時間
  • PoCやトライアル期間
  • 教育や立ち上げの伴走支援
  • グループ内への横展開ノウハウ
  • 次期改定での機能追加の約束

お客様が出せるカード

  • 導入事例の公開や取材への協力
  • 他部門やグループ会社への紹介
  • 複数年契約や保守契約
  • 要件確定期限の厳守
  • 仕様凍結と変更ルールの合意
  • 検収の迅速化
  • 決裁者への同席や橋渡し
  • 次年度予算での継続発注

交換の考え方は、「自分にあって相手にないもの」と「相手にあって自分にないもの」を交換することです。たとえば、「値引き5%」と「導入事例の公開とグループ2社の紹介」を交換する、「初期費用の圧縮」と「第2フェーズの継続発注と仕様凍結」を交換する、といった組み合わせです。

価値は相対的です。繁忙期の営業側にとって「納期の余裕」は大きな価値ですが、来期予算で動くお客様にとっては小さなコストです。相手が小さなコストで出せて、自分には大きな価値があるものを見つけるのが、価値共創のコツです。

アンカリングとプロスペクト理論

交渉で知っておきたい、2つの心理効果を紹介します。

アンカリング効果

最初に提示された情報が、その後の判断の基準になる心理現象です。IT営業では、次のように使います。

  • 見積もりは、根拠のある「正価」を先に提示し、基準を自分で置く
  • 値引き要求には、「値引き幅」ではなく「条件」で返す
  • 譲歩は大きく始めて小さく終える。譲歩の幅が縮まると、相手は「限界が近い」と感じる
  • 相手が先に安い数字を置いたら、その数字を基準にせず、根拠を訊く

プロスペクト理論

人は利得よりも損失に敏感である、という理論です。「80万円を確実にもらう」と「80%の確率で100万円もらう」は期待値が同じですが、多くの人は確実な方を選びます。損失の場面では逆に、確実な損失を避けるためにリスクを取ります。

営業への応用としては、「導入すると〇〇円削減できます」よりも、「導入しないと、年間〇〇時間の手作業と記録漏れのリスクが続きます」という伝え方の方が、意思決定を動かしやすくなります。ただし、脅しにならないよう、事実と数字で語ってください。

練習問題2

次のケースについて、営業側とお客様側のカードを各3枚ずつ挙げ、交換の組み合わせを1つ作ってください。

ケース:新規のお客様に、業務システムの提案をしている。お客様は「予算が初期費用の上限に届かない」と言っている。お客様の業界では、同じ課題を抱える会社が多い。

解答例

営業側のカード:機能の段階導入、支払の分割、PoCの実施
お客様側のカード:導入事例の公開、同業他社への紹介、第2フェーズの継続発注

交換の組み合わせ:初期費用を上限内に収めるために機能を第1フェーズと第2フェーズに分け、その代わりに第2フェーズの継続発注と、導入事例の公開への協力をお願いする

この組み合わせでは、営業側は受注額の総額を維持しつつ、事例と紹介という営業資産を得ます。お客様側は、予算内で導入を始められます。

実務での使い方:交渉カードを事前に書き出す

交渉の前に、前回の準備シートに次の欄を加えてください。

項目記入内容
自分が出せるカード(5枚)(記入)
相手が出せるカード(5枚)(記入)
交換の組み合わせ(3案)(記入)
使う要素の順番力関係・心理 → 論理 → 価値共創 → 妥協

カードを書き出しておくと、「高い」と言われた瞬間に、値引き以外の選択肢を提示できます。

注意点:交渉の場でやりがちな失敗

  • 心理を飛ばして論理から入り、「正しいのに売れない」状態になる
  • 価値共創の前に妥協に向かい、値引きだけで交渉が終わる
  • 譲歩を小さく始めて大きく終え、相手に「まだ下がる」と思わせる
  • 競合の悪口や捨て台詞で、信用を失う

1つ目は、IT営業に多い失敗です。人は、論理的に考えてから感情で判断するのではなく、感情が先に反応し、理屈は後から付きます。心理の土台がないまま論理で押すと、相手は「正しいが、この人からは買いたくない」と感じます。

まとめ

  • 交渉は、力関係、心理、論理、価値共創、妥協の5要素で組み立てる
  • 順番は、力関係と心理で土台を作り、論理で納得を作り、価値共創で広げ、妥協は最後に小さく
  • 「価格が高い」には、5要素それぞれの返し方があり、YES, ANDで受け止めてから選ぶ
  • お金以外の交渉カードを営業側とお客様側で書き出し、「自分にあって相手にないもの」を交換する
  • アンカリングでは正価を先に置き、譲歩は大きく始めて小さく終える

価格や条件の交渉がまとまっても、お客様には「買った後の不安」が残っています。最終回の次回は、受注を阻む4つの不安の解消方法と、クロージング、受注後の継続提供について解説します。

投稿者プロフィール

山崎講師
山崎講師代表取締役
セイ・コンサルティング・グループ株式会社代表取締役。
岐阜県出身。
海外放浪の末、2000年創業、2004年会社設立。
IT企業向け人材育成研修歴業界歴20年以上。
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この記事に間違い等ありましたらぜひお知らせください。

学生時代は趣味と実益を兼ねてリゾートバイトにいそしむ。長野県白馬村に始まり、志賀高原でのスキーインストラクター、沖縄石垣島、北海道トマム。高じてオーストラリアのゴールドコーストでツアーガイドなど。現在は野菜作りにはまっている。