【新人エンジニア向け】「解なし」の正体を見破る。行列式と「面積」の意外な関係
こんにちは。ゆうせいです。
これまで3回にわたり、行列の基礎から連立方程式の解き方までを一緒に学んできました。
「データを表にする」「掛けて変換する」「逆行列で元に戻す」。
これらの武器を手に入れた皆さんは、もう立派な行列使い……と言いたいところですが、最後に一つだけ、避けて通れない大きな罠についてお話しなければなりません。
それは、「どうしても解けない問題」の存在です。
前回、「逆行列を使えば連立方程式は一発で解ける」とお話ししました。
しかし、世の中には逆行列が存在しない意地悪な行列が存在します。
プログラミングで言えば、ゼロ除算エラー(ZeroDivisionError)のような状態です。
最終回となる今回は、そんな「解けない行列」を見分けるための探知機、「行列式(ぎょうれつしき)」について解説します。
実はこれ、単なる計算式ではなく、図形の「面積」と深い関係があるのです。
逆行列が「ない」とはどういうことか?
まず、単純な例を見てみましょう。
次のような連立方程式があったとします。
これを行列で書くとこうなります。
係数の行列 に注目してください。
よく見ると、下の行 は、上の行
をちょうど2倍しただけですよね?
これは、「式の見た目は2つあるけれど、実質的な情報は1つしかない」という状態です。
情報が足りないので、 と
をただ1つの答えに絞り込むことができません(解が定まらない)。
このようなとき、行列 には逆行列が存在しません。
つまり、「元に戻す」ことができないのです。
鍵を握るのは「面積」だった
なぜ元に戻せないのでしょうか?
これを視覚的に理解するために、行列を「図形の変換装置」として見てみましょう。
行列 は、
基本となるベクトル と
で作られる「正方形(面積1)」を、
ベクトル と
で作られる「平行四辺形」に変形させる装置だと考えられます。
ぺちゃんこになったら戻れない
先ほどの解けない行列 を見てみましょう。
これを作っている2つのベクトルは、
です。
この2つの矢印を紙に書いてみてください。
向きがまったく同じ(平行)ですよね?
平行な2つの矢印で平行四辺形を作ろうとしても、それは潰れてしまって「面積がゼロ」になってしまいます。
面積を持っていない(ペラペラの線になってしまった)図形を、元のふっくらした正方形に戻すことはできません。情報が失われてしまったからです。
これが、逆行列が存在しない理由の正体です。
行列の「大きさ」を測る:行列式 (Determinant)
この「変換後の面積」を表す数値こそが、今回の主役「行列式(Determinant)」です。
や
と書きます。
2行2列の行列 の場合、行列式は次のシンプルな式で求められます。
この値が何を意味するかというと:
のとき :面積がある! つまり、図形は潰れていないので、逆行列が存在する(解ける)。
のとき :面積がゼロ! 図形がぺちゃんこになっているので、逆行列は存在しない(解けない)。
計算してみよう
先ほどの「解けない行列」で試してみましょう。
見事にゼロになりました!
行列式がゼロということは、この行列は「情報を潰してしまう行列」であり、逆行列を持たないことが計算だけで判定できたわけです。
3次元以上でも同じこと
3行3列の行列(3次元)になっても考え方は同じです。
今度は「面積」ではなく、3つのベクトルが作る「体積」が行列式になります。
もし行列式がゼロなら、その立体は潰れて(例えば平面になって)しまっており、体積を持ちません。
計算は少し複雑になりますが(サラスの公式などを使います)、本質は「中身が詰まっているか、スカスカ(潰れている)か」を判定しているのです。
全4回のまとめ:数学はエンジニアの武器になる
お疲れ様でした! これで全4回の「新人エンジニアのための線形代数入門」は完結です。
最後に、私たちが辿ってきた道を振り返ってみましょう。
- 行列とは? :データをひとまとめにして扱うための「表」。
- 行列の積 :データの特徴を混ぜ合わせる「変換装置」。
- 逆行列 :変換したデータを元に戻す、連立方程式の「解法」。
- 行列式 :変換によってデータが潰れていないかチェックする「探知機」。
最初はただの数字の羅列に見えた行列が、今では意味を持ったツールに見えてきませんか?
もちろん、線形代数学の世界はもっと広大です。
データの重要な成分だけを抜き出す「固有値(こゆうち)」や「固有ベクトル」、AIの画像処理で使われる「特異値分解(とくいちぶんかい)」など、ワクワクするようなトピックがまだまだ待っています。
しかし、この連載で学んだ基礎があれば、そういった高度な概念も「ああ、あの行列の延長ね」と恐れずに立ち向かえるはずです。
「数学、ちょっと面白いかも」
そう思っていただけたなら、筆者としてこれ以上の喜びはありません。
ぜひ、日々の業務や学習の中で数式に出会ったら、逃げずにその意味(裏にある図形のイメージ)を想像してみてください。きっと、今まで見えなかった景色が見えてくるはずです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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投稿者プロフィール
- 代表取締役
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セイ・コンサルティング・グループ株式会社代表取締役。
岐阜県出身。
2000年創業、2004年会社設立。
IT企業向け人材育成研修歴業界歴20年以上。
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学生時代は趣味と実益を兼ねてリゾートバイトにいそしむ。長野県白馬村に始まり、志賀高原でのスキーインストラクター、沖縄石垣島、北海道トマム。高じてオーストラリアのゴールドコーストでツアーガイドなど。現在は野菜作りにはまっている。
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