あなたの「得意」は遺伝?それとも環境?新人エンジニアに贈る行動遺伝学の世界

こんにちは。ゆうせいです。

新人エンジニアとして、日々新しいコードやロジックと向き合っている皆さん。もしかしたら、こんなことを感じたことはありませんか?

「同期のA君は、なぜあんなに学習スピードが速いんだろう?」

「自分はロジカルシンキングが苦手かもしれない…エンジニアに向いていないのかな?」

隣の芝生が青く見えたり、自分の「才能」について不安になったり。誰もが一度は通る道かもしれません。

そんな皆さんに、今日は少し変わった視点から、人間の「才能」や「個性」について考える学問、「行動遺伝学」を紹介したいと思います。

え? エンジニアに遺伝学? まったく関係なさそうに聞こえますか?

いえいえ、そんなことはありません。

自分自身という「システム」を理解し、最高のパフォーマンスを発揮するためのヒントが、ここには隠されているんですよ。


そもそも「行動遺伝学」って何?

「遺伝」と聞くと、血液型や髪の色など、身体的な特徴を思い浮かべるかもしれませんね。

行動遺伝学(Behavioral Genetics)というのは、そうした身体的な特徴だけでなく、私たちの「行動」や「性格」、「知能」といった心の働きに、遺伝と環境がそれぞれどの程度、どのように影響しているのかを研究する学問です。

「設計図」と「現場」の例え

ここで、エンジニアの皆さんならお馴染みの「システム開発」に例えてみましょう。

  • 遺伝子: あなたという人間の「基本設計図」や「OSのデフォルト設定」
  • 環境: 実際にシステムを動かす「運用環境」や、インストールする「アプリケーション」、日々の「カスタマイズ」

行動遺伝学は、あなたが今持っている能力や性格という「完成したシステム」を見たときに、「どれが設計図(遺伝)に書いてあった仕様で、どれが運用(環境)によって追加・変更された機能なのか?」を解き明かそうとする学問なんです。

どうやって調べるの?(双生児研究)

「そんなの、どうやって調べるの?」と思いますよね。

その代表的な方法が「双生児研究」です。

  • 一卵性双生児: 遺伝子が100%同じ。例えるなら、まったく同じOS、同じハードウェアスペックのPCを2台用意したようなものです。
  • 二卵性双生児: 遺伝子が平均50%同じ。例えるなら、同じメーカーのPCだけど、CPUやメモリの仕様が少し違う2台、という感じです。

この「そっくりなPC」と「ちょっと違うPC」を、同じ家(同じ環境)や、別々の家(違う環境)で育てたとき、インストールされているアプリ(性格や知能)にどれくらい差が出るかを統計的に比較するわけです。

この研究から、行動遺伝学はとても興味深い発見をしています。それは、私たちの個性に影響を与える「環境」には、2種類あるということです。

  1. 共有環境:家族全員に共通する環境。家庭の経済状況や、親の教育方針、家にある本の数などです。(例:PCに最初から入っている、家族共通のセキュリティソフト)
  2. 非共有環境:家族であっても、一人ひとり異なる経験。学校の友達、部活、個別に習ったこと、あるいは偶然のケガなども含まれます。(例:ユーザーが自分で選んでインストールしたゲームや開発ツール)

行動遺伝学の「メリット」:何が分かるの?

この学問が教えてくれることは、新人エンジニアの皆さんにとっても、大きな「メリット」や「気づき」を与えてくれます。

1. 「才能」の正体を知り、自己理解を深める

行動遺伝学の研究では、知能(IQ)や、外向性・内向性といった性格特性のかなりの部分に、遺伝の影響があることが示されています。

「え、じゃあ才能は全部遺伝で決まっちゃうの?」

そう焦らないでください! これは「限界が決まっている」という意味ではありません。

例えば、プログラミング学習の適性にも、遺伝的な「デフォルト設定」の影響はあるかもしれません。ある人は少ない学習時間でスッと概念を理解できる(情報処理のデフォルト設定が向いている)かもしれないし、ある人はじっくり時間をかける必要があるかもしれない。

これは「良い・悪い」ではなく、単なる「特性」です。

自分がどちらのタイプかを知ることは、無駄な自己否定を減らすことにつながります。

2. 「環境」の本当の重要性に気づく

行動遺伝学の最も衝撃的な発見の一つは、「共有環境(家庭環境)の影響は驚くほど小さく、非共有環境(個人に固有の体験)の影響が大きい」ということです。

これは、エンジニアの皆さんにとって大きな希望です!

  • 「親が理系じゃないから、自分も数学が苦手だ」
  • 「ウチは裕福じゃなかったから、良い教育を受けられなかった」

そんなことは、あなたの現在のパフォーマンスに、思ったほど影響していないかもしれないのです。

それよりも、「あなたが昨日、どんな技術書を読んだか」「今日、どんなコードレビューを受けたか」「来週、どんな勉強会に参加するか」といった「非共有環境」の方が、あなたの成長にずっと大きな影響を与えます。

あなたの「今、ここ」での選択と行動が、未来のあなたを作っていく。行動遺伝学は、その事実を力強く裏付けてくれているんです。


行動遺伝学の「デメリット」:注意すべき落とし穴

ただし、この学問は非常に強力であると同時に、誤解されやすい「デメリット」や「注意点」も抱えています。

1. 危険な「遺伝決定論」のワナ

「知能の遺伝率(遺伝の影響度)は50%」といった数字を聞くと、「じゃあ、俺の能力の半分は親のせいで、もう変えられないんだ…」と絶望してしまう人がいます。

これは、完全に間違いです!

「遺伝率」というのは、個人に当てはまる数字ではありません。

行動遺伝学で使われる数式を、ちょっとだけ見てみましょうか。

個人の能力や性格の違い(分散)を V_P とします。

その違いを生み出す要因として、遺伝による違い V_G と、環境による違い V_E があります。

$$V_P = V_G + V_E$$

このとき、遺伝率 h^2 は、

$$h^2 = \frac{V_G}{V_P}$$

と表されます。

難しく見えますが、要するにこれは「ある集団(例えば、日本人全体)の知能の違い(バラツキ)のうち、どれくらいの割合が遺伝子の違いによって説明できるか」という、集団に対する統計値にすぎません。

あなたの身長の80%が遺伝で、20%が環境でできている、なんていう単純な話ではないんです。

例え:

身長の遺伝率は高いですが、戦後の日本人は、親世代より平均身長が劇的に伸びました。これは「栄養」という「環境」が劇的に改善したからです。

遺伝子は「設計図」にすぎず、環境という「材料」がよくなれば、設計図のポテンシャルを最大限に活かして、出来上がり(身長)は大きく変わるんです。

あなたのエンジニアとしての才能も同じ。どんな設計図(遺伝)を持っていたとしても、学習という「環境」を整えなければ、絶対に開花しませんよ!

遺伝率は決定係数である

「遺伝率」(h^2 )は、統計学でいうところの「寄与度」や「決定係数」と、考え方はまったく同じです。

思い出してみてください。 遺伝率は「人々の能力や性格の全体のバラツキ(V_P )のうち、どれだけの割合が、遺伝子の違いによるバラツキ(V_G )で説明できますか?」という割合(h^2 = V_G / V_P )でしたね。

これはまさに、統計学で使われる決定係数(R^2 )が、「観測されたデータ全体の変動のうち、どれくらいの割合を、ある要因(説明変数)で説明できるか」を示す割合であることと同じ考えです。

2. 差別や優劣の道具にしてはいけない

「あの人は遺伝的に向いていない」

「この特性は劣っている」

行動遺伝学は、能力の違いを「優劣」で判断したり、差別を正当化したりするために使われてきた暗い歴史があります(優生思想)。

これは絶対に間違いです。

データベースに、高速な読み書きが得意なKVS(Key-Value Store)もあれば、複雑な関係性を扱うのが得意なRDB(Relational Database)もあるように、人間の特性も「違い」でしかありません。

「あの人は集中力が高い(特性A)」「自分は好奇心が旺盛で、いろいろ試したい(特性B)」。どちらもチームにいれば強みになる、素晴らしい「仕様」ですよね。


新人エンジニアよ、自分の「OS」を使いこなせ!

さて、行動遺伝学の世界、いかがでしたか?

最後に、この知識を新人エンジニアの皆さんがどう活かしていくか、今後の指針を提案します。

1. まず「自分(OS)の仕様」を客観的に知る

「自分はなぜ集中力がないんだ!」と自分を責めるのは、もうやめましょう。

それは「怠慢」ではなく、「そういうデフォルト設定(遺伝的特性)かもしれない」と受け入れてみてください。

その上で、「どうすればこのOSを最適に動かせるか?」と、エンジニアらしく対策を考えるんです。

例えば、「集中が切れやすい」なら、ポモドーロ・テクニック(25分集中・5分休憩)という「環境」を自分に与えてあげる。

「朝が弱い」なら、無理に朝活せず、夜に集中できる環境を整える。

自分を責めるのではなく、自分の「仕様書」を理解し、それに合った「運用方法」を見つけ出してください!

2. 成長できる「非共有環境」に飛び込む

あなたの成長に最も影響するのは、「非共有環境」でしたよね?

待っていても、誰もあなただけの最適な環境は用意してくれません。

  • 尊敬できる先輩のコードを読みに行く
  • 社外の勉強会に一人で参加してみる
  • 新しいフレームワークを独学で触ってみる

これらはすべて、あなた自身が選択し、飛び込むことができる「非共有環境」です。

新人だからと臆病にならず、自分の成長の「種」になる環境を、貪欲に探しに行動しましょう!

3. チームの「多様性」を力に変える

チームには、あなたとはまったく違う「OS(特性)」を持った人たちが集まります。

行動遺伝学の視点を持つと、「なぜあの人はあんなやり方をするんだ!」とイライラする代わりに、「なるほど、あの人はそういう仕様なんだな」と、他者を客観的に理解する助けになります。

お互いの「仕様」の違いを尊重し、活かし合うこと。それこそが、多様なメンバーで構成される開発チームが、複雑な問題を解決していくための鍵となるはずです。


行動遺伝学は、自分自身と他人をより深く理解するための、強力な「分析ツール」の一つです。

このツールを使って、自分という最高の「素材」を、最高の「環境」で育て上げ、素晴らしいエンジニアになってくださいね。応援しています!

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投稿者プロフィール

山崎講師
山崎講師代表取締役
セイ・コンサルティング・グループ株式会社代表取締役。
岐阜県出身。
2000年創業、2004年会社設立。
IT企業向け人材育成研修歴業界歴20年以上。
すべての無駄を省いた費用対効果の高い「筋肉質」な研修を提供します!
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